Sotto Natale nel 2004〜ペルージャでのプチアパート暮らし記
アパートの部屋からレースのカーテン越しに見る外の通り…
Sotto Natale nel 2004…
2004年のナターレ(クリスマス)を目前に控えた12月の1週間…、私はウンブリア州のペルージャで過ごしました。
6年前にリヴォルノで暮らしていた頃のこと、12月に入ると、
「アウグーリ(おめでとう)」
と挨拶され、??、、あとから「ああ、もうすぐクリスマスだから・・」と気付いたものでした。
イタリアではナターレは、日本でいうお正月のようなもの。1年の節目であり、いちばん大切な日。
キリスト教徒も、そうでない人も、イタリア人はナターレには家族親族と過ごすためにプレゼントを準備して帰省します。
ナターレ前のこの時期は、なんだかどこもかしこもウキウキとした雰囲気に満ちていて、私がイタリアでいちばん好きなシーズンです。
今回ペルージャでは、友人のツテでアパートを借りて、"な〜んちゃってイタリア暮らし"をしてきました。
そのアパートのロケーションは、Sotto Natale(クリスマス前シーズン)を満喫するのにふさわしい旧市街の中心にあり、後から気付いたのですが、建物自体が古い教会の一部でもありました。家主のエットレに築年数がどれくらいか尋ねるのを忘れてしまいましたが、最低でも500年以上は経っていたのではないでしょうか。
アパートの各部屋の窓にある木の扉を開けると、目の前の通りに輝く光のカーテンが目に飛び込んできました。(この電灯は、朝からずっと点灯してました…)
私は寝室以外の部屋は夜でも木の扉を開けっぱなしにして、レースのカーテン越しにイルミネーションを部屋でも楽しみました。部屋の灯りを間接照明だけにしていると、通りのイルミネーションもインテリアのようでした。
このアパートは、家主が別宅として所有しているものでしたので、嬉しいことにキッチンも立派で、毎日料理もいろいろつくりました。なんと普通の家庭でもあまりみられない電子レンジやバールのようなエスプレッソマシーンまで備え付けられていて、散歩の休憩にカッフェをしに家へ帰ったり…。
また、困らないようにと、たくさんの水やミルクの買い置きまでしてくれてあり、さりげない心遣いに感謝♪
ベッドルームは2つ、それぞれの部屋に2つづつベッドがあり、、最初どの部屋のどのベッドを使おうか迷ってしまいました。
そしてバスルームには嬉しいバスタブも!熱々のお湯が出るので後から水を足すこともしばしばでした。これはイタリアの、特に古い町では本当に希少なこと。
希少といえば、すべての部屋の床がフローリング、石の床が多いイタリアの家ではこれも珍しい…。
エットレの奥さんが「暖かい部屋でしょ」と言っていたけど、暖房はもちろんのこと、このフローリングのおかげだったのかもしれません。
建物は古くても、内部はこんなに素敵にリフォームされたアパート、おかげで予想以上に快適なペルージャ生活を過ごすことができました。
かわいいベッドルーム |
結局この部屋は使いませんでした…もったいないですね |
大きなテーブルでまったり〜 |
ホッとひと息… |
テレビデオもありました |
さて、、Sotto Natale(クリスマス前シーズン)のペルージャ、町のお店もほとんどが昼休みも日曜日も返上で開いていました。さらにクリスマスメルカートも開かれていました。クリスマス商戦です。
私は部屋で過ごす時、あまりテレビが面白くないのでラジオをよくつけていたのですが、地方のラジオ局だったのでコマーシャルもローカルなお店の宣伝がほとんど…。
「うちは日曜も終日開いてます」とか「クリスマスプレゼントはうちの店の○○を!」という文句ばかりが聞こえてきます。
あと、テレビのコマーシャルで思わず微笑んでしまったのは、パンドーロのMotta。
…玄関のベルが鳴り、男の子がお母さんに「サンタクロースが来たよ」と喜んで言う。
お母さんは「違うよ、サンタクロースは煙突から入ってくるのよ」と答える。
男の子は暖炉のほうをじっと見つめ、何か考えている。
イヴの夜、男の子はひとりそ〜っとパンドーロを手に、忍び足で暖炉へ向かう。
そして暖炉の真ん中にパンドーロを置く。
男の子は暖炉から、煙突のある上を覗き込みながら
「サンタさん、パンドーロを置いたから落ちてきても大丈夫だよ」と小さな声でつぶやく…
な〜んか夢があっていいですね。
この滞在では、デジカメが壊れてしまうというハプニングにも遭遇…。
なのでほとんど写真もありません。(上の写真は壊れる直前に撮ったもの…)残念です。
壊れたデジカメの代用にと、何の特別な機能も付いてない使い捨てカメラを近所のカメラ屋さんで購入しました。
ここの店番をしていたシニョーラ(たぶん70歳くらい)に、ペルージャでおいしいパン屋さんを聞くと、パン屋さんだけでなく、
「お肉はここ、果物はここ、野菜は…、私ももうすぐ買いに行かなければならないんだけど…」
と言いながら、親切丁寧に、紙にまで書いて自分の御用達のお店をいろいろと教えてくれました。
こういうとこ、イタリアですよね。
ペルージャには外国人大学があるからか、町の人はみな、とても自然に接してくれたように思います。ペルージャの住民は、いい意味で、外国人慣れしているようですね。
毎日クリスマスの町を歩いて、スーパーへ行ったり、パン屋さんへ行ったりするのがとても新鮮でした。
午後から、ペルージャから1時間ほどプルマンに乗ってグッビオという田舎町へ出かけた日もありました。
グッビオへ出かけた一番の目的は、以前から噂に聞き、前から見たかった「世界でいちばん大きなクリスマスツリー」。
日が暮れると姿を見せるこのツリーを見に、夕方になると車でやってくるイタリア人たちもちらほら。
周辺には何もなく、緑の大地がただただ広がる山裾にある田舎の小さな古い町、なのに、夜になると通りはイルミネーションで華やかな雰囲気に…
山の斜面いっぱいに広がる世界一大きなクリスマスツリーも、ふもとのグッビオからは近すぎてその全景がわかりません。
それでも星空から続く光の宝石のようにキラキラといろんな色に輝いている山の斜面を、白い息を吐きながら、あちこちで人々が立ち止まってうっとりと見上げていました。
「グッビオからペルージャへ戻るプルマン(長距離バス)には左後方に乗るといいよ」
教えられた通りに座ると、バスがグッビオを出発してしばらくすると、はじめて後方に山の高さもある大きな大きなクリスマスツリーの形が見えてきました。プルマンが走っている道路が1本あるのみという真っ暗闇の中、大きなクリスマスツリーが山の斜面全体に浮かび上がり、10分・20分経っても、後ろを振り返るといつまでもツリーが輝いていました。
アレッツォへも日帰りで出かけました。
半年ぶりのアレッツォも、すっかりクリスマスらしくイルミネーションで輝いていました。
イルミネーションのアーチの下、パッセジャータを楽しむ人で溢れかえるメイン通りも印象的でしたが、夕刻のライトアップされたサンドメニコ教会周辺の静寂は特に印象的でした。
アレッツォでは6月にお世話になったソレッリーナの家に招待され、昼食は手打ちのタリアテッレをいただき、そして夜は訪問客も訪れ、ゆったりとみんなでいただく晩餐を楽しく過ごしました。この家にステイしていたMさんも一緒です。なんか冗談が飛び交い、お腹を抱えて笑っているあいだに時間が過ぎていきました。マンマもあいかわらずおもしろいし…。
そして…楽しい時はあっという時間に過ぎ、夜、最終列車でペルージャへ戻るため、アレッツォの駅のホームでみんなと最後の別れを惜しんでいると・・・
突然列車のドアが閉まりかけました。
私はびっくりして、とっさに手でドアの閉まるのを止めようとして…なんと列車のドアに手を挟まれてしまいました。
周りにいた人は皆、唖然…。この状態が数分続き…駅員さんが駆けつけ、なんとかもういちどドアを開けてもらいましたが…このまま列車が動き出していたら…恐ろしい…おかげで変な別れとなってしまいました。
思い出しただけでも笑ってしまいます。あ〜あ。
そうそう、アレッツォでは日本では考えられないバスのリタルト(遅れ)にも遭遇しました。
ちょうど夕方のラッシュの時間帯、もともと私の乗ったバスは遅れていたようでした。まぁ、イタリアのバスの時刻表はあってないようなもの…遅れのことはみんなそんなにも気にしてないようだったのですが…
走行していたバスが突然バス停でもない場所で止まってしまいました。みんな訳わからず
「何があったんだ?」「事故か?」「どうしたどうした?」
など口々に騒ぎ出しました。何か異変があったらしい…。運転手さんは全然発車しようとする気配もなく…。
しばらくして、運転手さんが支度をしてバスを降りてしまいました。
「自分の仕事はここで終わりだから…」こう言い残して。
バスの中に取り残された私たちは、、、「ただでさえこのバス30分も遅れているんだから」と声高に叫ぶ隣にいたシニョーラ…。
10分以上して、やっと違う運転手がバスに乗り込み、ゆっくりと発車の準備。もちろんお詫びのひとこともなく。
バスがふたたび動き出し、乗客のざわめきは自然と納まりました。
この国では接客のストレスって、きっとないだろうなぁ。あれだけ堂々とされるとお見事です。
「イタリアにいるとホント、毎日いろんな出来事が起きるので飽きることがない」
いやみ半分にソレッリーナに言うと、「そうでしょ」と逆に自慢されてしまいましたよ、まったく…。
ふたたび高台にあるペルージャの町…
メルカートコペルトの建物の上が、町のテラスのようになっていて、ここから眺める景色が最高でお気に入りだったのですが、最後の日、黄昏時にこの場所から見たパノラマは、またこの世のものとは思えない、不思議な光景でした。
低地に霧が立ちこもっていたのですが、その霧がまるで雲のようで、ペルージャは天上の町と化していたのです。
もうそこまで夜がやってきていた空には、その光景を見下ろすかのように三日月が浮かんでいました。
美しい景色に出逢い、町に出逢い、そこに住む人々に出逢い…
短い滞在でしたが、いっぱいのエネルギーをもらって帰国。なかなか充実の9日間でした。(29/12/2004)
*Caccolina日記2004年12月ではペルージャから日記を書いています*