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幸せなマンマから教わったこと



マンマ・リタは専業主婦。
50才の、友人のマンマというにはまだ若いお母さん。

何度かお宅に招待された時に、私がイタリアの家庭料理に興味があって料理教室にも何度か通ったことがあることなどを話したのがきっかけで、時々お邪魔しては彼女と一緒に夕食の支度の手伝いなどをしながら、お料理を教えてもらうようになりました。

私の知っているリタは、いつも笑顔で、内面からの幸せが顔ににじみ出ていました。

リタが結婚したのは、若干20歳の時だったそうです。
お相手は彼女より10歳年上のマリオ、、リタの初恋の人でした。
2人の新婚時代の写真をいちど見せてもらったことがありましたが、マリオの隣りで幸せいっぱいに微笑んでいる若いリタは眩しいほどに美しく、そして愛らしく、まるでモノクロ映画のワンシーンを見ているかのようでした。

そうしてやがてリタは、男の子と女の子、2人のマンマとなりました。

5年前にマリオが年金生活に入り、子供たちも自立し、
「さあ、これからが第2の人生」
とばかりに、夫婦揃って仲良くダンスを習いに行ったり、2人で食事をしにレストランへ出かけたり、夫婦水入らずで過ごす時間をとても大切にしていました。
今でも、人も羨む新婚時代の写真そのままの仲睦ましさなのです。
愛するマリオに大切にされ、子供たちにも愛され…

リタを見ていると、
「この人は今までずっと愛に満ちた人生を過ごしてきた人なんだろうな」…と想わずにはいられませんでした。
私はリタと一緒にいるだけで、彼女の幸せまでも共有させてもらっているような気持ちになりました。

今では子供たちが自慢に思うくらい料理上手なリタですが、意外なことに、実は結婚するまでは自分で料理をしたことがなかったそうです。
結婚して、愛するマリオやそして愛する子供たちにおいしいお料理を食べさせてあげたい一心で、一生懸命料理を覚えたといいます。台所の片隅には、この30年間、雑誌や食料品のパッケージに書かれたレシピなどを切り抜いて集めノートにまとめた、リタオリジナルレシピ集が何10冊もあって、いろんなアイデアを取り入れようとしている彼女の料理に対する情熱が伺えました。
「料理は愛情」と言った人がいたけれど、本当にそうだと思います。
マンマがいて、おいしいと喜んで食べてくれる家族いて…。
時々冒険をして、エスニック風な料理とかに挑戦してみんなのひんしゅくを買うこともあるみたいですが…ま、そこは愛嬌なのでしょう。


リヴォルノでは毎週金曜の午前中、町の外れにある一角で、チェントロの朝市よりもっと規模の大きい青空市が開かれていました。
私は以前からいちどこの青空市に行きたいと思っていたのですが、学校があったのでずっと行きそびれていました。

「だったら今度一緒に行きましょう。毎月第1金曜日は終日開かれているから、学校が終わってからでもゆっくり楽しむことができるわ」

私の市場好きを知ってか知らずか、マンマ・リタは私をこの青空市に誘ってくれました。

噂に聞いていたこのメルカティーノ、想像以上に大きく、それにものすごい人の数に驚きました。
リタと私は「とりあえずひととおり見て、それから買うことにしましょう」と言って歩き出しましたが、1時間以上歩いても延々と続いていて終わりが見えてきません。
道の両側にはまだまだ店は続いていて、枝分かれした道にもさらに店は続いています。

靴、下着、洋服、カバン、アクセサリー、家庭用品に台所用品…どれも信じられないような安い値段がつけられていました。
大勢の人が群がる店を覗いては
「これ、なかなかいいわね」
と、冷やかしているだけでも楽しい…そうやって気がつくといつの間にか2人とも、両手いっぱいに袋を抱えていました。

「いつ来ても、買うものといったら結局家族のものとか家のものばかりなの」
笑いながらそう言うリタは主婦らしく、主に石鹸などの家庭の消耗品や家族の洋服などを買っていました。
私はといえば、普段着やバック、鉢植えの花などを買いました。
このとき28000リラ(約1600円)で買ったサンダルも、2000リラ(約1200円)で買ったスニーカーもとても履き心地がよく、今でも愛用しています。もちろんTシャツもバックも大活躍、これもメイドインイタリーの底力なのかのしれません。

それにしても本当によく歩きました。
収穫を無事終え、ホッとした私たちは、屋台でポルケッタ(豚の丸焼き)を買って、食べ歩きながら市場を後にしました。


5月。苺の季節。

メルカートでは朝摘まれたばかりの元気な苺がおいしそうに店先に並べられていて、食いしん坊で苺好きな私は、何度となく苺の衝動買いをしてしまいました。
イタリアの苺は、形こそは悪いけれど、本当においしいものでした。それに、嬉しいことに安くて量も多いのです。
「3パック2000リラ(約120円)」
←'99当時です
ひとりで3パックはちょっと多いけれど、まぁいいか、おいしいんだから…というわけで、食後のフルーツに苺はこの頃の私の定番でした。

そんなある日のこと、マンマ・リタに昼食に招待されました。

「ソルプレーザ(来てのお楽しみ)」

招待された当日、学校が終わると、手土産のドルチェの箱を片手に、期待を膨らませながらリタの家を訪ねました。
ドアを開けると、リタとマリオが出迎えてくれ、頬に挨拶のバチョ(キス)を交し合いました。そして、職場から戻ってくるふたりの娘息子の帰りを待って、昼食は始まりました。
席に着くと、きちんとセットされた食卓に前菜の大皿が運ばれました。サラミの盛り合わせや鰯のマリネなど、それぞれ好きなだけ皿に取り分け、食べながら、会話は弾みました。

「イタリアでも家族全員揃って食事をすることが少なくなってきたのよ」と言うリタ。
「だからこそ、たまにみんなが揃う食卓では、いろんな話をするの」

友人のこと、恋人のこと、仕事のこと、その日にあった出来事、悩みもひとりで抱え込んでしまうことなく家族みんなに話します…そして笑ったり冗談を言ったり、誉めたり意見を言ったり…。

私はひとりでの生活が長いけれど、たまに家族と食事をする時も、恋人の話をしたりはしません。
友人には話せても、家族には照れくさくてできません。
それぞれ家族によって違うのだろうし、日本でも、もっと若い家族は打ち解けて何でも話しているのかもしれませんが、私はあまり家族といろいろな話をしないな、と思います。かといって、決して仲が悪いわけではないのですが…。

日本には昔から「沈黙は金なり」という言葉があります。
伝統的に「あ、うん」の呼吸でわかり合う関係が理想ともされてきました。察しあうとか…。

喋らなければわからないという文化と、喋らなくてもわかるという文化。

日本人の私には、こんなイタリアの一家団欒のひとときはとても新鮮で、少し羨ましくさえ思えました。

さて、前菜も終わり、ワイングラスを口に運んでいると、
「さあ、召し上がれ」
と、マンマ・リタはプリモピアットを運んできました。
白いお皿にはピンク色した苺ババロア風の料理が盛り付けられていて、その上には縦にカットされた苺がデコレーションされています。
「プリモピアット?ドルチェじゃないの?」

それは苺のリゾットでした。
これぞまさしくスタジオーネ(季節の味)。あとでリタにつくり方を教えてもらったのはいうまでもありません。

リゾットで感動したあとは、サラダをみんなで取り分け、そして最後はお待ちかねのドルチェ。
さっき私がパスティッチェリアで買ってきたドルチェの箱を開ける瞬間、みんなの表情が緩みました。
マリオパパが嬉しそうに苺色した食後酒を出してきました。
フラゴリーノ、「小さな苺」という名の、甘口スパークリングワインは、甘いドルチェによく合いました。

苺づくしを楽しみながら家族で過ごす午後のひとときは、ゆっくりと穏やかに過ぎでいきました。
大きな窓からレースのカーテン越しに5月のやわらかな陽光が差し込む幸せな食卓の光景は、やさしい思い出として、今でも時々懐かしく思い出します。


リタには、一緒に台所に立ちながらいろんな料理を教えてもらいました。
料理をしながら、食卓をみんなで囲みながら、一緒に出かけたりしながら…、
太陽のように明るい彼女の笑顔を見ていて、私は愛する家族との毎日のこんなささやかな生活の中にこそ、本当に大切なものがあるのではと、ハッとしました。
それは今までの私にいちばん欠けていた部分でした。

ひとりでの生活は自由で気楽です。
自分の為に使う時間やお金も、ある程度自由になります。
ひとりでいたからこそ、気ままなイタリア暮らしもすることができました。
ずっと続けてきた仕事を通じて、つらい思いもしたけれど、それ以上に素晴らしい出逢いもたくさんありました。
私の選んだ人生…どれひとつ後悔はないけれど、ひとりが長いからといって、ひとりでの生活に慣れてしまってはいけないなと思います。
女の人生、選択肢が多すぎて戸惑うことも多いけれど、何を大切に思えばいいのか、リタから教わったことは多いな、と思います。(05/06/'05)

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