ミラノのホテル案内人
ミラノ中央駅に来ると、いつも思い出すひとりの男の人がいます。
先日「長靴の国を訪ねて」で、ミラノをアップした時に、また彼のことをふと思い出したので、ここに書いてみようと思います。
上記のページにも書きましたが、私が初めてイタリアに足を踏み入れたのは、’93年6月のことでした。
母と2人でドイツ・オーストリア・スイスを列車でまわり、旅の最後にミラノにやってきました。
それまで、イタリアは治安が悪いから危ない・乗り物はしょっちゅう遅れる・・・など、悪い噂ばかり耳にしていました。
実際、スイスから国境を越えイタリアに入ると、列車から眺める車窓も、今までの美しいアルプスの山々やスイスらしい村の集落から、急に窓に干された洗濯物が目に留まるごちゃごちゃとした風景へと変わりました。
なので、ミラノ到着が近づくにつれ、身支度にも力が入り、今までとは違った緊張感を持って私達はミラノに到着しました。
大勢の人々が行き交うミラノ中央駅、私達はスーツケースを引きずりながら(きっと不安げに)歩いていました。
すると、
「日本の方ですか?ホテルを探してますか?」
と、怪しい日本語で、駅員風の男の人に話しかけられました。
私は、かなり用心していたので、
「違います。大丈夫です」
と言って、足早に逃げました。
それから私達は、駅から歩いて5分ほどの場所にあるホテルを見つけ直接交渉して、ミラノでの宿を確保、部屋で少しの間ゆっくりくつろぎました。
この旅では、新しい町に到着する度にめぼしいホテルへ行き、直接交渉していましたが、毎回居心地のいいホテルに恵まれていました。そしてミラノのこのホテルも、我ながらいいホテルを捜すことができたと満足。ビルの最上階のワンフロアだけがホテルとこじんまりしていましたが、明るく清潔、バルコニーからの眺めもいいし、大きいバスタブも気に入りました。
「ミラノの定宿にしようかしら」
と、母と話しました。
部屋でゆっくりした後、そろそろ町へ繰り出そう、と部屋を出て、ホテルのエントランスを通ると、
「あれ?あの人・・・」
それは、さっき駅で私達に話しかけてきた、浅黒く長い顔の駅員風の男がいました。
(私の想像では、おそらく彼はイタリア人ではなくアルバニア人なのではないかと思います)
男はフロントの人と話していて、その後ろには日本人のカップルが立っていました。
男は私達の方をチラッと見ましたが、何も言わずフロントで話を続けました。
私達はあまり気にせず、エレベーターを降りて、そのまま町へ出かけました。
その夜、ホテルのバルコニーで外の景色を眺めていると、隣のバルコニーから日本語で話す声が聞こえてきました。
「こんばんは」
私はバルコニー越しに挨拶をして隣りを覗くと、そこにはさっきエントランスで見かけた日本人カップルがいました。
「こんばんは」
「ああ、さっきいらっしゃった・・・」
私はちょっと興味があったので、
「もしかしたらあの駅員風の男の人に駅で声をかけられたのですか?」
と聞いてみました。やはり、あの男にこのホテルに連れてこられたようでした。よく話を聞くと、私達の1泊の宿泊代より、このカップルの宿泊代の方が20000リラほど高いのです。きっとその差額はあの男の取り分(紹介料)なのでしょう。まあ、空港のホテルインフォメーションでも紹介料は取られるし、彼の場合、ホテルまで連れて行ってくれるので、親切といえば親切ですが・・・・。
「それにしてもあの長い顔、そのまんま東に似てますよね〜」
などと言って、私達は笑いました。
それから2年後、’95年9月のこと、また私と母はミラノ駅構内でスーツケースを引っ張って歩いていました。すると・・・
「日本人の方ですか?ホテルを探していますか?」
ムム・・・聞き覚えのあるフレーズ・・・振り返ると、やっぱりあの男(そのまんま東)が立っていました。
私達は定宿へ直接行くつもりだったので、
「大丈夫です」
と言いました。後で母と「また会ってしまったね〜」と大笑いしたのは言うまでもありません・・・。
話は少し飛びますが、私は’93年の旅を皮切りに、母とヨーロッパ気まま旅を繰り返しています。
よく友人にそのことを言うと、
「全部頼られるし大変でしょう?」
と言われますが、全然。確かに全部、段取りは私がしなければなりませんが、2人ともよく歩くし、したいことも似ているし、一緒に行動していて楽なのです。なので、母の体力が続く限り、ヨーロッパ気まま2人旅は続くでしょう・・・。
なので、母はかなりヨーロッパへは行っています。特にイタリアへは本人も何度行ったかわからないほど・・・。
ちょっと話がそれてしまいましたが・・・・。
また1年後、’96年6月、またもや私と母はミラノでうろうろしていました。
「またそのまんま男に会うかなぁ・・」
と今度は期待もしていましたが・・・。
ミラノ滞在中、私達は日帰りでコモ湖へも行きました。
コモの町を歩いていると、
「日本人ですか?」
の声が!・・・そのまんま男です。私達はちょっと嬉しくなりました。
「私達はあなたに会うのは3回目です。ミラノからコモに来たのですか?」
と訪ねると
「コモに仕事場を移した」
と彼は言いました。きっとミラノ中央駅では顔が知れてしまって、仕事がやりにくくなってきたのでしょう。
「お仕事頑張ってね」
そう言って、母と笑いながら彼と別れました。
それから・・・そのまんま男を見かけることはありませんでした。私もミラノは立ち寄っても、コモへはあれ以来行っていなかったので、きっと彼はコモであいかわらず日本人を見つけては声をかけているのでは、と思っていました。
ところが・・・
2002年2月のこと、私はすっかり暗くなったミラノ駅周辺を、大きなスーツケースをひっぱりながら、ひとり歩いていました。
「日本人の方ですか?」
振り返ると、そのまんま男!!約7年ぶりの再会です。
彼は日本人を6人も引き連れていました。きっと、ホテルへ連れて行ってあげる途中だったのでしょう。
「ホテルを探してますか?」
と聞かれましたが、私は日本からミラノのホテルを予約していたので、
「ここのホテルに予約を入れています」
と言って、そのホテルの住所を彼に見せました。
彼は、親切に私が予約したホテルの場所を丁寧に教えてくれました。そして、「よい旅をね」と言い残し、6人の日本人達と一緒に夜の闇へ消えてゆきました。
もちろん、彼は私のことなど憶えているはずもありませんでした。
何度もミラノで声をかけられながら、結局いちど足りとも、彼の仕事のお客さんにはなってあげられなかったけれど、「ああ、まだやってるんだ・・・」と、会うたびに嬉しくなりました。
そして、10年前、片言だった彼の日本語も、最後に会った時にはかなり上達していました・・・。
私も・・・彼と初めて会った頃はちんぷんかんぷんだったイタリア語が、こんなにもできるようになって・・・この10年、お互いいろいろあって、少しは成長したということなのでしょうか・・・・。(・・と、ひとりしみじみ・・)
今度はいつ、そのまんま男に会えるのか・・・今もミラノの駅では、どこかにいないかな〜と、つい探してしまう私です。(13/01/04)
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