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旅が趣味・イタリア大好きな私は、今までに数え切れないほど旅をしてきましたが、
まったくもってこんな展開になってしまった旅は初めてでした・・・。
様々なまさかのハプニング、そして想いもかけなかった数多くの出逢い・・・。
こんな旅もまた忘れがたくておもしろい・・・と、同行した母は言っていましたが (^_^;...
でも、ホントはすごく疲れたはず・・・
・・・そんな今回の珍道中記です。

                        目次

                       母を誘ってイタリア・グルメの旅 
                     シャルルドゴールの野うさぎ
                     思いがけなかったパリ

                       意外な展開
                       棄てる神あれば拾う神あり
                       忙しいナンド
                       次はホームステイ・・・
                       雨の「愛の小道」
                       海に沈む太陽
                     最後の日



母を誘ってイタリア・グルメの旅へ・・
10月下旬(10月24日〜11月1日)に休暇を取ることができたので、秋のイタリアへ行くことにしました。
今回は母と私の2人旅です。
ひとり旅の時とは違い、母に満足してもらえるような旅になることを念頭に起きいろいろ旅の行き先を思案・・・。
当初は母がまだ行ったことのないヴェネツィア行きを予定していました。ヴェネツィアで何をしようとか、いろいろ頭の中で想像を廻らしてはいたのですが、旅に向けの予約などの行動を始めたのは10月に入ってからでした。エアチケットをパリ経由ヴェネツィア行きで申し込んだのですが、いろいろな理由でヴェネツィア行きの便が取れないと言われ、その場で急遽ローマ行きに変更しました。そして帰り便はミラノ発日本行きを取ることができました。
もう10月に入り、出発まで日が迫った中、せっかくローマに到着するのなら秋のウンブリアやトスカーナを素通りにはできないと考え計画を変更、ヴェネツィア行きは次回へと持ち越すことにしました。
秋のウンブリアやトスカーナ地方といえば、村々で収穫祭が催され、ポルチーニ茸やトリュフ、イノシシ料理などおいしい食べ物が目白押し・・・、今回のイタリアのテーマは「グルメの旅」と決めました。
・・・ローマ着は夕方なので、その日はローマに1泊して、次の日ウンブリア州オルヴィエートへ移動し数泊。オルヴィエートを基点にウンブリアの愛らしい村々を訪ね、グルメ三昧。そしてシエナへ移動しまた数泊、シエナを基点にトスカーナの小さな村々を訪ね、またまたグルメ三昧。そして、最終的にミラノから31日の夜出発の便で帰国・・・これが私が考えた全旅程でした。

思いのほか10月はいろいろと忙しく(特に仕事が)、旅の準備もしないうちにいつの間にか日が過ぎていってしまいました。長く家を空ける前、そして休暇を取る前って、何かとやっておかなければならないことも多いものですしね。

20代の頃は、いつも旅先では現地でホテルと交渉してその日泊まるホテルを決めるスタイルで、自由な旅を楽しんでいました。しかし30を過ぎてからは、一応出発までにホテルだけは全日程分予約しておき、安心して現地到着するスタイルの旅へと変わりました。それが、今回は、いろいろ調べたりFAXしたりする時間すら結局とれず・・・気がつけばもう出発まで1週間を切っていて、取り合えず、慌てて1日目のローマの宿だけはインターネットで予約しました。ローマ着は夜だし、日本からの長旅の疲れを引きずりながら宿探しに駈けずり回りたくはありませんから・・・・。

日記でも書いていましたが、イタリアへ行く直前、私はパリに出張していました。23日パリから帰国し、翌朝とんぼ返りでまたパリ経由ローマ行きです。23日帰宅し、時差と疲れでくたくたでしたが、明日からイタリアと想うと疲れもどこへやら・・・
旅先でのことを想いをはせながら、これも持って行こうとか、あれこれ夜遅くまでパッキング・・・結局出発前3時間弱しか眠ることができませんでした。まるで遠足前夜の子供ですね。


  


シャルルドゴールの野うさぎ
午前9時40分発の関空発パリ行き便に乗りました。母はヨーロッパ行き便の窓からの眺めがとても気に入っているらしいのですが、幸運にも窓際で外がよく見える席だったので、個人テレビのナビゲーションと照らし合わせながら一緒に外の景色を楽しみました。10年前にシベリア上空を飛んでいる時、トナカイの群れを見たらしく(誰にも信じてもらえないそうですが)、今回も見えるかなと言っていました。順調な旅のはじまりです。
そうして12時間のフライトを終え、やっとパリにランディング・・・。飛行機がスポットへとゆっくり向かう間、シャルルドゴール空港名物(?)野うさぎを見つけようと、母とふたりして一生懸命目を凝らして外を探しました。(これから私達を待ち構えている数々のハプニングなど知る由もなく・・・)
草むらの影からピョンと跳ねるねずみ色の野うさぎを1羽見つけました。母は最後まで見つけることができませんでした。
「何かラッキーなことがあるかも・・・」
・・・なんて、私はまだ呑気なことを思っていました・・・。
午後2時20分、ようやくパリ・シャルルドゴール空港に到着です。

飛行機から降り、スーツケースをピックアップし、入国、そして出発ロビーへと向かいました。
私達が乗る予定のパリ発ローマ行きのアリタリア航空の便は、5時30分頃の出発予定でした。チェックインカウンターがどこかを調べる為に電光掲示板を見に行くと、アリタリアの多くの便にキャンセルの文字が・・・。そしてイタリア行きのチェックインカウンター前には蛇のような長蛇の列が・・・!!なんだかいやな予感・・・、ふとショーペロ(ストライキ)という言葉が頭をよぎりました。
「しまった!!」
私は3日ほど前にテレビのイタリアのチャンネルを見ていて、ニュースで24日にショーペロがありますと言っていたのを聞いていたのです。・・・なのに、そのまますっかりそのことを失念してしまっていました。というよりは、どうせストをやるとしてもイタリア国内のローカル路線くらいだろうと軽く考え、そのまま忘れてしまっていたのです。
アリタリアの便の約半数がフライトキャンセルでした。
取り合えず、私達は長蛇の列に並ぶことにしました。
並んでいると、私達よりも少し前から並んでいた日本人の女性が「日本からの乗り継ぎですか?」と話し掛けてきました。話を聞くとこの女性は、日本から乗り継いでボローニャまで行く予定でスーツケースをスルーチェックインしたそうなのですが、ボローニャ行きの便がキャンセルになってしまい、チェックインした荷物が行方不明になってしまったのだそうです。ボローニャへも行くことができず、荷物もなく、この混乱の中不安だろうなぁと母と顔を見合わせました。
私達も荷物こそパリ止まりで一旦ピックアップするようにしていたいたのでよかったものの、果たして無事ローマへ行くことができるのやら・・・、取り合えず果てしなく続く列に並んでいるといった状況です。
今度は少し後ろに並んでいた中国人女性が片言英語で話し掛けてきました。
「どこから来たのですか?」
日本と答えると、ああ、と言って、ヴェネツィア行きの便がなくなったけど、一体どうなるんだろうと不安げに言いました。
大勢が待っている中、地上スタッフの対応は要領悪く、遅く、しかもダメなものはダメ、または乗せてやる、といった横柄な態度に思えました。

ローマ行きは1時間に1本あるので、キャンセル便があったとしても、まだ他の便に乗ることができる可能性はありました。
結局、予定していた5時30分の便に乗ることはできませんでした。私達を含め、大勢が次の便に並びなおしました。やっぱりダメだった人達の中に、イタリア人の小柄な3人組のシスターがいました。
「何時から空港で待っているのですか?」
と訪ねると、シスターの内のひとりが
「朝からずっとよ。もう5回駄目だったわ」
と言いました。今までよく、イタリアの駅の切符売り場や郵便局の窓口などで列を作り根気よく待ち続けるイタリア人達を見てきましたが、文句ひとつ言わず待ち続けるイタリア人・・・、頭が下がります・・・。

並び直して再びウェイティングの番号をもらい、チェックインクローズの時間に集まり、その中から数人だけが名前を呼ばれ搭乗券が手渡されます。その瞬間は誰もが祈るような気持ちです。そして駄目だったらまた並びなおし・・・。
私は日本でもほとんど睡眠をとらずにきたのでもうフラフラでしたが、次こそはと望みをかけ、結局9時40分出発の最終便までトライし続けました。もちろん朝から並びつづけているあのシスターたちも一緒でした・・・。
最後はもう、しゃがみこんでしまうほどに私は疲れ果てていました・・・。悪夢のようでした・・・。(母は元気でしたが)

私達も(そしてシスター達も)その日のうちにローマへ行くことができませんでした・・・。
逃げ去ろうとしている地上スタッフに、「明日だったらローマへ行くことができるか」尋ねると、「明日は全便満席だ」と吐き棄てるように冷たく言い、他の人達を振り払うようにしてスタスタ行ってしまいました。

途方に暮ながら取りあえず、今夜の宿探しの為に到着ロビーへ・・・、インフォメーションでエアポートホテルリストを貰い、テレフォンカードを買って電話をかけました。
ところが、いくらやっても繋がりません。横にいたフランス人のおじさんに尋ねましたが、おじさんもわからないらしい。
私はテレフォンカードを買った店へ行き、どうやって使うのか教えて欲しいと言いました。どうやらカードに書かれている番号を最初に押すらしい・・・テレカはなくプリペイドカードだったのです。
もう1度戻って、めぼしいホテルに電話しました。ところがまた繋がらない・・・。もう勘弁してよと思いながら、さっきの店に泣きつきました。見かねた店のおにいさんは、一緒に電話のところまで来てくれて電話をしてくれました。
それからおにいさんは私にこう説明しました。
「このホテルは今晩満室だからもう繋がらないようわざと設定しているようだ・・・」
私は、もう何でもいいから早く休みたいと思い、おにいさんに
「空港の近くであなたがいいと思うホテルに電話していただけませんか?おまかせしますので」
と、気がつけば無理なお願いをしていました。
おにいさんは快く、ここにしたら?と言って、電話をしてくれました。1部屋だけ空いているとのこと。
「このホテルだったら居心地もいいだろうし、空港から頻繁に連絡バスも出ているから便利だよ」
と言い、親切にもバスの乗り場まで教えてくれました( ^_^)Merci...

エアポートホテル連絡バス乗り場の場所も表示すらなくわかりにくかったのですが、迷った末、何とか無事バスを見つけ乗り込みました。
その頃、私は頭痛と胸ムカでフラフラしてましたが、あともう少し!と気力だけでもっていました。
スィートホテルという文字が見えてきました。運転手さんに降りることを伝え、降ろしてもらいました。
ようやくホテルに着いた安堵感にほっとしながら、フロントの女性にさっき予約したものであることを告げると、
「あなた達の予約は聞いていない。空港から電話したんだったら、もうひとつのスィートホテルの方です。」
えっ???
「さっきのバスがUターンして戻ってくるから、もう1度バスに乗ってもうひとつの方のスイートホテルに行って下さい・・・」
何と紛らわしい・・・、スィートホテルがふたつもあるとは!!せめてNO.1とか2とか、つけておいてくれてたらいいのに・・・。

野うさぎを見たにもかかわらず、神様に見放されてしまった私達は、疲れ果て、こうしてようやくパリの空港ホテルに転がり込んだのでした・・・・。



思いがけなかったパリ・・・
パリのエアポートホテルのひとつであるスィートホテルというホテルに夜遅くチェックインした私達は、本当に疲れていました。翌日も朝からまた、あの大勢の人で込みあう空港へ行って空席待ちにチャレンジする気力はとてもありませんでした。
・・・明日は1日、ここででゆっくり過ごした方がいいかも・・・と考えました。
それに、最後に地上スタッフが私達に冷たく言った「明日は全便満席」の言葉も引っかかっていました。
もしかしたら、あのシスター3人組のように、1日中待っても飛行機に乗ることができないかもしれないのです。
私だけならともかく、せっかく母を連れての孝行旅行です。空港で無意味に待つだけで貴重な1日を潰されたくはありません。
「1泊といいましたが、やっぱり2泊にします」
私はフロントで、そう言いました。

空港から数分の場所にあり、まるで陸の孤島のように周りには何もないエアポートホテルでしたが、大きなバスタブのお風呂やふかふかの羽根布団が私達の長旅の疲れをやさしく癒してくれました。

翌朝、すっきりと目覚め、窓の外を見ると、まだ昨夜の続きのように真っ暗で、しかも霧が立ち込めていました。
「もしかしたら昨夜の夢の続き・・・?夢なら覚めて、私達をローマへ連れて行って・・・」
時計とテレビで時間を確認、もう朝の7時半になっていました。

8時半頃になってやっと夜が明けてきました。
私達は朝食の為に、1階へ降りました。
部屋のインテリアもそうでしたが、ここのホテルはとても洗練されていて、またくつろげる雰囲気でした。
それに、朝食のクロワッサンが本当においしかったです。たっぷりバターが使われているのかこくがあって、外側がパリっとして内側がふんわり・・・、今までに何度もパリのカフェでクロワッサンの朝食をとったことがありますが、1・2を争う美味しさでした。
母は今でも「あのクロワッサンは美味しかった・・・」とつぶやいています。

スィートホテル室内
疲れを癒してくれた羽毛布団のベッド
横にいるのは母です・・・
スィートホテル室内
なんとお部屋にレンジがありました!
スィートホテルロビー
私達が泊まったスィートホテルのロビー

朝食の後、ぷらっとパリへ行くことにしました。
巡回バスで空港まで行き、そこから列車でパリ市内へ・・・、およそ40分くらいかかったと思います。
駅でもらった地下鉄の路線地図を見ながら、どこへ行こうか列車の中で計画を立てました。ガイドブックも何もないので、自分の記憶と人に聞きながらの行き当たりばったりパリ散策です。
母はパリは2度目、前回はシャンゼリゼ通りを歩いてセーヌ川を眺めただけだったので、今回はちょっと観光客らしくサクレクール寺院へまず行きました。
朝は冷え込んでいましたが、日中は日が差し、いい観光日和となりました。
それからまた地下鉄に乗ってギャラリーラファイエットへ行き、ショッピング。結構寒かったので、母も私も帽子を買いました。フランス人は帽子のおしゃれが大好き、いろんな個性的な帽子に目移りがしました。
全然余談になりますが・・・ギャラリーラファイエットへ行く途中、ギャララファの屋上から煙がもくもくしているのを見ました。あれは一体火事だったのか何だったのか・・・一応記念撮影だけはしておきましたが・・・。

サクレクール寺院
サクレクール寺院
屋上から煙が・・・
煙がもくもく・・・一体何??

ホテルへ戻る途中、空港に寄って、アリタリアに明日のローマ行きの便について聞きました。
「明日は日曜日、朝からすべて満席。でも2時台と4時台に少しだけ空席があります」
と言われました。全便満席と言われた今日よりは状況は良さそう・・・。
なんとか2日遅れでローマに着きたい・・・再度、明日空席待ちトライです。


それにしても、スィートホテル・・・空港からの連絡バスで、私達は昨夜のように最初のスィートホテルでは下車しないように(それがまた外観もそっくり)していましたが、年配のカップルが最初のスィートホテルで降り、バスがUターンした後、また再び乗ってきていました。毎日同じことが起こっていたのですね・・・まったくもう (`_')


グラス売りのワイン
私達が泊まったスィートホテルのフロントに置いてありました。
部屋でちょっとワインを飲みたい人にはありがたいですね。

こじんまりとしていて、なかなか居心地のいいホテルでした・・・。




意外な展開
パリ3日目の10月26日の朝、ヨーロッパの夏時間が昨日で終わったので、時計を1時間遅らせました。
1時間遅れで考えると、昨日の朝の、あの夜明けの遅さも納得・・・。
昨日の8時は今日の7時・・・おかげで何だかゆったりとした朝となりました。
でも残念なことに昨日とはうって変わって外は雨・・・。しかしまぁ、今日は移動の日(うまくいけばの話ですが)なので、それでもいいか・・・と思いました。

昨日空港で問い合わせた時、「朝からローマ行きは全便満席」と言われました。だったらゆっくりと11時頃にホテルを出発して、12時台の便からまた空席待ちに挑戦しようと考えました。
昨日の朝と同じように、美味しいクロワッサンとコーヒーの朝食をとり、少しくつろいだ後、私達はロビーにあった宿泊客用のパソコンで、イタリアのお天気を調べました。お天気がどうかは重大ですものね・・・。
夜のトスカーナの大地の闇の上に、満天に輝く星空をまた見ることができたら・・・もちろん見れるものだと、その時までは思っていました・・・が・・・。
インターネットによると、イタリアは全国的に雨・・・。しかも、先1週間予報でも毎日雨とのこと。
天気予報がはずれることを期待して・・・さあ、ふたたびシャルルドゴール空港へ出発です。

日曜日の空港は、2日前のショーペロ(スト)の混雑に負けず劣らず、たくさんの人で混雑していました。いろんな国のいろんな人種の人々が行き交い、見ていると目が疲れてきます(私達もそのいろんな人種の中の2人ですが・・・)。
チェックインカウンターの前には、縄で仕切られた中に蛇のような長蛇の列、そしてその列は仕切られた縄の外側にまでも長く続いていました。
私達はまた列に並び、番号をもらい、チェックインクローズ後に集合し、ハラハラしながらまた待って、駄目だったらふたたび並び直し・・・を繰り返しました。並び待つのに結構時間がかかるので、ちゃんとした昼食もとることができず・・・母が持ってきていたカールやきんつばを待ち時間につまみました。
まったく・・・どこがグルメの旅なのでしょう・・・・。
ホントだったら、今頃オルビエートやウンブリア州の小さな町で秋の味覚を堪能していたはずなのに・・・。

それでも、空席が少しあると聞いていた2時台の便には乗れるだろう・・・と、私達はかなり期待していました。ところが、なんと、ぎりぎり駄目だったらしいのですが、これも搭乗券をもらうことができませんでした。
地上スタッフは便ごとに違う人に変わるし、情けも何もありません。
私は、次の便のスタッフに、訴えました。
「私はおとといのショーペロの日から3日待ちつづけています。遠い日本から、母を連れてのイタリア旅行です。ローマでなくてもいいです。どこでもいいからイタリアへ行かせて下さい・・・」
今まで、訴えても「こんな大勢みんな待っているんだ。そんなこと聞いていたら切りがない・・・」といった態度で冷たくあしらわれていましたが、よほど哀れに思われたのでしょうか。
「今日はローマ行きは難しい。ミラノの方が少しは可能性が高い・・・ミラノ行きの空席待ちに変えて、ミラノからローマ行きに乗り継いだらどうか?」
と言ってくれました。
私は、イタリアに上陸さえすればあとはどうでもいい・・・と思っていたので、
「ミラノ行きだけでいいです。イタリアにさえ行ければ」
と言いました。
「・・・もうイタリアへ行きたい気持ちよりも、いっときでも早く、このフランスから脱出したい・・・」
・・・というのがその時の正直な気持ちだったかもしれません。成田行きの電光掲示板も気になっていましたから。
行き先を変えると、本当は差額の払い戻し等いろいろとしなくてはいけなかったのでしょうが、面倒なことはもううんざり気分だったし、彼(黒人の男性のスタッフでした)も臨機応変に希望を聞き入れてくれ、そのまま同じチケットでミラノ行きに変更してくれました。
それにしても、何人ものスタッフが数多くの空席待ちに対応してくれましたが、黒人の人は(男性も女性も)概して親切だったように思います。


こうして、ふたたび待った後、ようやく午後4時頃発のパリ発ミラノ行きに乗ることができ、私達を乗せた飛行機がゆっくりと動き出した瞬間には・・・
「あばよ!シャルルドゴール (・ε・)ノ・・・」
・・・と、晴れ晴れとした気分で、心の中でつぶやいていました。
隣の母も、なにやらまた窓の外を眺めています。
「何を見てるの?」
「野うさぎを探してるんやけど・・・」
私達にアンラッキーをもたらした(?)うさちゃん・・・、もうあんまり見たくはなかったのですが、母と一緒に、また滑走路脇の草むらを凝視・・・。
今度は母と私と2人して、ピョンと跳ねる野うさぎを見つけることができました。
なんだか複雑な気分です・・・・。(これ以上悪いことが起こらなければいいけど・・・)

やっとイタリアへ・・・
やっと、イタリアへ・・・ 安堵の表情・・・
この後にまたとんでもないことが待ち受けているとは知らず・・・



棄てる神あれば拾う神あり・・・
こうして、ローマ入りを予定していた私達は行き先を変更し、パリからやっとの思いでミラノ入りしました。
まさか出発前には、こんなこと、まったく想像もしていませんでした。
ただ、不幸中の幸いは、今回の旅のために1泊目のローマのホテルしか予約を入れていなかったことです。もし全日程分のホテルを予約していたら、2倍のホテル代を払わなければならないところでしたから。

私達が乗った飛行機が、ミラノ・マルペンサ空港に到着したのはもう日も落ちた頃でした。
本当はその日のうちに都会のミラノを抜け出し、列車でトスカーナ・フィレンツェあたりに行ってしまいたい気分でしたが、ミラノでゆっくり夕食を取って早朝にミラノを発つ方がいいかな、などと考えていました。
とりあえず、もうイタリアまで来てしまえば一安心です。
ここでチェックインしたスーツケースを引き取ったら、空港バスでミラノへ、そしてイタリアンディナー・・・(^_^)そんなことを考え、荷物を待ちながらにんまりしていました。

それにしてもゆっくりのんびりと荷物が出てくるではありませんか。ターンテーブルを何周もしているらしき荷物もいくつか・・・待ちながらまるで回転寿司を見ている気分になりました。
30分経ち1時間が過ぎ・・・飛行機に乗っていた時間と同じくらいターンテーブルで荷物が出てくるのを待ちました。
遅いのか、それとももう終わってしまったのか、わかりません。
でも私たちと同じ飛行機に乗っていた人達もまだ待っているから、出てくるのが遅いだけなのかも・・・それにしても・・・
そうしているうちやがて、ひとり、ふたりと、荷物の問い合わせカウンターに並びだしました。
私も「ここまで不運な旅ってあり?」と思いながら、その列に並びました。母はまだ同じ荷物ばかりが廻りつづけているターンテーブルで荷物が出てくるのを待っています。私の後ろに並んでいる人は「もう3回目だ」といった話をしていました。
20人ほどの長蛇の列ができているというのに、カウンターではたった2人の地上スタッフが対応していました。そしてその後ろには、責任者?の人なのか、男性がニヤニヤしながら立っていました。
列の後ろから
「みんなパリから飛行機に乗ってきた以上の時間、ここで荷物を待たされているんだ。ニヤニヤしていないでちゃんと仕事をしろ!」
と大きな声が聞こえてきました。
大概待つことに慣れているイタリア人も、こうやって怒鳴ることがあるんだ・・・それにしてもよくぞ言ってくれました、パチパチパチ。ところがニヤニヤしていた男性のスタッフは謝るどころか、奥の部屋に逃げていってしまいましたが・・。

ひとりづつカウンターで話をして、何か紙に書いてと、ここでもまたのんびり対応です。
終えた人がまだ並んでいる私達のひとりに「明日の朝、ここに荷物を取りに来いって言われた」と言っているのが聞こえました。
やはり荷物はどこか違う便に乗って行ってしまったのかしら・・・不安な予感です。

ようやく私の番になり、チェックイン荷物の引換え番号で調べてもらうと
「あなたの荷物はまだパリにあります。今晩の10時着の便で届きます。明日の朝、空港に取りに来てください」
と言われました。
もう空港はコリゴリだというのに、また明日も空港に来なければならないなんて・・・。
私はもうぶち切れました。
「そんなことを言ったって、私は24日のショーペロのおかげで散々な目にあって、3日間もパリで無駄な時間を過ごしてるんですよ。空港で何便も待ち、結局ローマを諦めてやっとミラノに来たのです。いっときも早く田舎へ行ってリラックスしたいのに、また明日空港へ来いと言うのですか?」
女性スタッフは「まぁ、大変だったのですね・・・」と同情しながらも、「荷物は夜10時着の便でパリから届くので、夜の10時半頃もう1度ここへ来るか、明日の朝来てください」と言い、「ミラノに宿をとるなら、夜の何時頃までミラノ行きの空港バスがあるのか外のインフォメーションで確認して、もし夜遅くにバスが運行していないなど問題があればもう1度来て下さい」と言われました。
まったく・・・マルペンサ空港からミラノまではバスで1時間、けっこうな距離なのです。10時半すぎに荷物を受け取ってからミラノへ行くとすると、おそらく深夜12時はまわってしまうでしょう。母は「空港で仮眠させてくれるところはないのかな」と真剣に考えはじめていました。

取りあえず私達はインフォメーションへ行きました。
バスは何とか遅くまであることがわかったのですが、ちょうどミラノでは見本市が開催されているらしくホテルがどこも満室だと言われました。夜荷物を引き取ってからとなると、ミラノへはもう遠いので、空港近辺のホテルもいくつか調べてもらいましたが、やっぱりどれも満室とのこと。
いよいよ本当に空港で夜を明かすことになるかも・・・
そんな時、インフォメーションの人が、私達の隣にいた男性と少し話をしてから、
「空港の近くに空いているところをみつけた」と言いました。そして、さっき喋っていた人を指して
「あの人がそのホテルのオーナーなんだけど、ちょうど空港に迎えに来ていた宿泊客が来れなくなったらしく、部屋がひとつ空いてしまったので是非どうぞと言っている」と言いました。
「レストランもやっているから今晩はおいしいものを食べるといいよ」私達はそこに泊まることにしました。

「じゃあ、行こうか・・・あれっ?荷物はそれだけ?」
「実は・・・」
私は荷物がまだパリにあって、今晩遅くか明朝空港へまた取りに来なければならないことを、このホテルのオーナー・ナンドに話しました。
「それはかわいそうに」
と、ナンドは私が持っていた荷物紛失書にさらっと目を通すと、
「もう1度確認してみよう」
と言い、わざわざもう1度電話で問い合わせてくれました。電話でも私達がさっき言われたことと同じことを言われたみたいでしたが、夜10時着の便で100%届く保証はないとも言われたようでした。
「まぁどうするかは後で考えるとして、とりあえずウチに行っておいしいものを食べるといいよ。おいしいペッシェ(魚料理)を準備しているから」
そのまま私達は、ナンドの車で空港を後にしました。
「ここら辺りは国立公園なので新しい建物を建てることができないんだ。だから辺りには何もないだろう。僕の村は空港から2つ目に近い村で自然に囲まれていて、いいところだよ・・・」
「うちのホテルは2部屋しかないけど、居心地は最高だよ。君達の部屋には暖炉があるし、もうひとつの部屋は天井の高い屋根裏部屋でロフトにも寝ることができるんだよ・・・」
ナンドが国立公園と説明してくれた真っ暗闇の森を通り抜け、空港から15分ほどで車はナンドのホテルに着きました。

「さぁ、自慢のレストランに案内するよ」
と案内されるまま席に着きました。隣の席にはすでに3人が食事をしていました。
ナンドはみんなに私達を紹介し、彼らはアメリカから来た、もう1組の宿泊客であることを教えてくれました。シェフの奥さんやちっちゃなナンドの娘ミシェルも厨房から出てきて挨拶・・・ソムリエでもあるナンドは、私達に美味しいワインを選びグラスに注いでくれました。
「空港でのことはひとまず忘れて、さぁ召し上がれ!」


いっただっきま〜す
いっただっきま〜す(^o^)
隣の席のアメリカ人夫婦と少年とも、食事をしながらいろいろ話をしました。
彼らは親戚の結婚パーティーに出席するために、ボストンから来たこと、ラパッロで行われた結婚式は素晴らしかったこと、少年(夫婦の息子ではないらしい)は学校があるから明日ボストンに一足先に戻るが自分たちは知人に会うために明日ヴェローナへ行くことなど、いろいろ話してくれました。婦人は日本が好きで何度も日本には行ったことがあって、まさかこんなところで日本人に遇えるなんて嬉しいと言ってくれました。会話のはじめに「すみません・・」とだけ日本語で言って、あとは全部英語でしたが、大変な親日家のようでした。
アットホームな雰囲気の中おいしい料理に舌鼓・・・今回の旅行でやっと持つことができた至福の時間でした。

夜10時を過ぎ、「これから空港へ行くか、それとも朝にするかどうする?」と、ナンドは私達に尋ねました。
「夜遅くに申し訳ないけど、空港へ行って荷物を引き取りたい」と、私は言いました。
私達は森の闇を抜け、ふたたび空港へ向かいました。もうひと気のない深夜の空港、到着ロビーから荷物引き取り所へ・・・
そうしてみつけた私たちの2つのスーツケースは、ポツンと無造作に放置されたままの状態でした。謝罪もなければ荷物を監視する人すら居ず・・・、まったくこれにはあきれ果ててしまいましたが・・・。

まあ、何はともあれ、荷物をその日のうちにピックアップできたのでメデタシメデタシです。
もともと見本市期間で、ミラノでホテルを見つけるのは難しかったかもしれないし、荷物紛失のおかげであそこでナンドに出逢い、かえってよかったのかも、と思いました(^.^)



忙しいナンド
夜遅くに、ナンドがもう1度私達を空港へ連れて行ってくれたおかげで、何とか無事荷物を引き取ることが出来、その晩、私達は安心して休むことができました。

波乱万丈、紆余曲折の末(ちょっと大げさ?)、転がり込んだナンドの宿は、これまでの様々な出来事を忘れさせてくれる、なんだかホッとする空間でした。まるで友達の家に遊びにきたような、そんな温かな居心地のよさがありました。
このまままた、慌ただしく次の日の朝出発するのは惜しいかな・・・と思いました。

翌朝8時半、朝食を取るために、別棟にある昨夜のレストランへ行きました。
「ボンジョールノ」
昨夜食事をしながら話をした、もう1組の宿泊客であるアメリカ人の夫人が、テーブルについてひとりで朝食を取っていました。
「おひとりですか?」
そう尋ねると、夫人は
「一緒にいた少年が今日ボストンへ帰るので、主人が車で空港まで送りに行っている」
と言いました。夫人と母と私は同じテーブルでいっしょに朝食を取ることにしました。
ナンドは朝から元気に私達の朝食の準備をしてくれました。
ジュース・ブリオッシュ・トースト・ヨーグルト・コーンフレーク・カップッチーノ・・・
「他に足りないものは?」
母も私も「充分です」と答えました。

夫人達は今日ヴェローナへ向かい数日過ごした後、アメリカへ帰国する前夜、もう1度ここで1泊する予定だと言いました。
私達はゆっくり朝食を取りながら、ボストンのこと、日本のことなど、1時間以上いろいろな話をしながら朝食を取りました。
母も英語なら、話せないとはいえ何となく単語を聞き取ることが出来るので、私の通訳を交えながら、楽しく会話に参加することが出来ました。親日家の夫人は、ボストンやニューヨークに住む著名な日本人のことなどもよく知っていて、驚きました。イタリア人と話すと、日本は遠い国だなあといつも感じるけれど、それにくらべアメリカと日本はかなり近いという印象です。
私達の会話が弾み、まだまだ終わりそうになかったので、ナンドが申し訳なさそうに
「9時半に娘を保育園に車で連れて行かなければならないので、ちょっと離れるけれど、すぐ戻るからゆっくりしていって・・・」と言い残し、出て行きました。

ナンドが保育園から戻ってきて、私達はここでゆっくりもう1泊しようと思っていることを言いました。
すると、ナンドはすごく嬉しそうな表情で、
「だったらこの近くには、マッジョーレ湖やオルタ湖など、見所があるから、観光に便利なところまで車で連れて行ってあげるよ」と言ってくれました。
とりあえず午前中は近郊の町ノヴァラへ買い出しに行くというので、私達もそれについて行くことにしました。

ノヴァラまで約20km、半時間のドライブです。
運転をしながら、ナンドのよく喋ること喋ること。でも母はイタリア語がわからないのでちょっと退屈そうでした。
ノヴァラの旧市街の入り口でナンドと別れ、私達は旧市街を散歩しました。お昼前のひととき、町のあちこちで立ち話に花を咲かせる人の輪がありました。珍しい日本人の私達に視線は向けられ、「ジャッポネーゼ・・」と言っているのも聞こえました。

ノヴァラの修道院
ノヴァラの修道院

ヴァラの公園やメルカートなどをうろうろ、静かなミラノ郊外の町を散策しました。地元の台所・メルカートを覗くのは母の旅の楽しみでもありました。おばさんたちが両手に野菜や果物の入った袋を持って歩いている元をたどれば、すぐメルカートのある場所はわかりました。
トスカーナの友人から「ノヴァラ近郊は裕福な町」と聞いていましたが、縦列駐車している自動車を見ても、それは感じられました。
待ち合わせの時間になり、ナンドとおち合い、車でホテルへまた戻りました。帰り道、保育園に寄ってピッコラ・ミッシェルを引き取って・・・。

1時すぎ、ホテルに戻った私達は部屋でひと息ついてから、レストランで軽めの食事をしました。レストランは定休日だったのですが、ナンドが有り合わせでアンティパスト・プリモ2種・ワイン・それにデザートのフルーツまで準備してくれました。
ナンドはよく動きます。よく働きます。オーナー自らほとんどすべてのことをやっているようです。おまけに娘の送り迎えまで・・・。
私達はナンドのホテルがあるこの村(Varallo Pombia)も散策したかったので、食事の後、午後3時にここを出発してマッジョーレ湖などに連れて行ってもらうことにしました。50ユーロで車で一緒に回ってくれるというので、その方が交通の便なども気にせず過ごせると思い、お願いすることにしました。

ナンドの村
高台から見たVarallo Pombia

午後3時に出発して、私達はホテルの近くにある牧場などを見学した後、オルタ湖、そしてマッジョーレ湖を車で廻りました。
ほんの1日前、その1日のほとんどを混雑した空港で過ごし、おまけに荷物まで紛失してしまうといったアクシデントにみまわれたのが、遠い昔のように感じられた平和な午後でした。
ドライブしながら、母がイタリア語がわからないのをいいことに、ナンドは私を口説いてきていましたが、彼も妻子持ちの身、これも客へのサービスだったのかも知れません。(イタリア人は女性を口説くのを礼儀と思っている??)
イタリアに来るといつも、「私もまだまだ・・・」と、まだ自分が売り出し中の女性だったことに気付かせられます(笑)ちょっと喋っただけの人から、ホテルの部屋にバラの花束が届きびっくりとか・・・今までもいろんなことがありました・・・状況や立場がどうであろうと、自分の感情を隠さず表現できる、ある意味で素直な彼らイタリア人・・・感情を抑えることに慣れてしまっている私はとても羨ましく感じてしまいます。
あんなふうに生きることが出来たら、きっと人生楽しいだろうなぁ・・・

マッジョーレ湖
3年ぶりに訪れたマッジョーレ湖畔・・・相変わらずエレガント

湖畔めぐりを終え、日も暮れた中、私達はホテルへふたたび戻りました。
この日はレストランの定休日なので、ピッツァを食べようということになりました。
その前に、ナンドは今晩やってくる別の宿泊客のために部屋の掃除をしてから、空港まで迎えに行かなければなりません。どこまでも忙しいナンドです。
母と私はゆっくりレストランでひと息いれて、部屋でくつろぎました。

しばらくして、出て行ったナンドの車が帰ってきたようなので、私達はレストランへ下りていきました。レストランでは、ナンドとひとりの紳士がテーブルで真剣に話をしていました。
「はじめまして。パトリックです」
彼がもうひとつの部屋の今晩の宿泊客のようでした。

この夜、母は慣れない料理と時差のせいで、胃がもたれてしまったらしく、ナンドがつくってくれた蜂蜜入りホットミルクを飲んだだけで部屋に戻りました。
ナンドとパトリックと私は、近所のピッツェリアでポルチーニのピッツァを買って帰り、レストランで一緒に食べることにしました。
パトリックはスイス人のニューヨーカー。もうニューヨーク在住30年、商社マンで月の半分は海外出張で世界中を飛び回っているそうです。スイス生まれなので、英語の他にドイツ語フランス語、そしてイタリア語が少しだけ話せると言いましたが、最初ナンドと一緒に話しているのを見た時は、ナンドのお友達?と思ってしまうほどイタリア語で親密に話していました・・・。
話を聞くと、パトリックもまた、空港で可哀想な目にあったひとりでした。
この日、1週間のイタリア出張を終えニューヨークへ向かうため、空港に早くに着き、2時間も前から出発ゲートで飛行機を待っていたそうです。ところがその便は、アリタリアとデルタのコードシェアー便で複雑だったので、地上職員に確認したにもかかわらず、違うゲートを案内され、定刻になっても搭乗が始まらないのでおかしいと思い、もう1度確認したら、やっぱりゲートが間違っていたことに気付き、しかもその時にはもう彼を積み残したまま飛行機は出発していってしまった後だったそうです。仕方ないので次のニューヨーク行きの便に乗ることにしたそうですが、チェックインしていた荷物が2時間も出てこず、結局その日のニューヨーク行きの便には間に合わず、それでナンドの宿にやって来たということだそうです。
「フィニッシュ、アリタリア・・・」と、パトリックは苦笑い。
ナンドも、ここでホテルをしていて、そういう話は山というほど知っていると言いました。
だったら、ここで私の今回の旅のツイテナイ話もいっちょ披露することに・・・・。
日本からの長旅疲れでショーペロに巻き込まれさんざん待ったこと、かからない公衆電話、紛らわしいスィートホテル、連日の空席待ち、行き先変更でミラノへ、そして荷物紛失・・・、次々に起こるハプニングに、2人は「あ〜あ」「うひゃ〜」と哀れんでくれるので、これは酒の肴にオイシイかも・・・と、ちょっと得意げに語ってしまいました・・・。
気が付けは、もう12時前・・・、ワインも飲んだし、さすがに眠くなってきました。
それにしても、昨日今日知り合ったばかりの人達とこんなに盛り上がるとは・・・。そして、ナンド・・・またよく喋ること・・・パトリックも疲れているだろうに・・・話は尽きませんでした・・・。




つづく・・・・・

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