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リヴォルノに住んでいた頃、お昼に学校から戻り、同じアパートの向かいに住むシニョーラ・ベッリの部屋の前を通ると、いつもおいしそうないいにおいがした。
この町ではお昼の1時を過ぎると、商店やオフィスは閉まり、皆、昼食のために家路を急ぐ。
外はひとっこひとりいない静寂の中、カチャカチャとお皿やカテラリーの音がどこからともなく聞こえてくる。
そのひとときは、まるで聖なる時間のようにさえ感じられた。
楽しく食べることを大切にしているから、食事を決しておろそかにはしない。
夕食も、どんなにお腹がすいていようと、その前にシャワーを浴びて着替えをして・・、1日の疲れを取払わないと夕食を始める気分にはならないというイタリア人の友人が多くいた。
そういえばイタリアにはレトルト食品が少ない。
マンマ達はどんなに忙しかろうと、家族のため新鮮な食材を使い、手をかけ愛情を注ぎ食卓を演出するからだ。
最近イタリアのスローフードな食生活が注目を浴びているが、ファーストフードがはびこる現代、食を大切にする文化があらためて見直されているのだろう。
イタリアではいろんな家にお邪魔した。
素晴らしいシステムキッチンに大きなオーブン、それに食器洗い機・・・
どの家庭もイタリアらしい洗練されたキッチンだったが、電子レンジはなかった。
売られてはいるけど、買おうとする人はほとんどいない。
電子レンジの電磁波を浴びた食べものは身体によくないと信じられているというのもあるが、そんなものを使って料理するなんてなんだか悲しくなるからだと皆口を揃えて言っていた。
私もイタリアには電子レンジは似合わないと思う。
ときどき日本や国外のイタリアンレストランで、高級食材を使い有名シェフが手がけた料理を食べる機会がある。
高い値段がつけられたそれらの料理は、とてもおいしい。いいものを食べているという自己満足も味わえる。
けれど、今でも本当においしかったと心に残っているのは、小さな村で地元料理を食べさせてくれるトラットリアでの素朴な1皿だったり、田舎の農家でおいしいものを調達してみんなでピクニックしたときのモッツァレッラチーズや生ハムだったり、または、イタリアマンマの家庭料理だったり。
楽しい食卓、豊かな食卓・・・・。
私がイタリアで出逢った食卓は、どれもみな、お金では買うことのできない幸せがいっぱいに満ちていて、心底おいしいものばかりだった。

お行儀はよくないけど新鮮な野菜・ジェノバの中央市場にて
私はイタリア料理評論家ではありません。ただの食いしん坊です。
ここに書いていることは、私が見聞きしたことばかりです。
間違っていることもあるかもしれませんが、笑って見逃して下さい!